多死社会を迎えつつある今日、相続人の中に知的障害のある方がいるケースが増えてきています。
遺産の分け方を話し合いで決める遺産分割協議は相続人全員で行う必要があります。
相続人の中に知的障害の方がいる場合でも、それは同じです。
では、相続人の中に知的障害の方がいる場合、どのように相続手続きを進めればよいのでしょうか。
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原則=知的障害のある相続人を含めた遺産分割協議が必要です
遺産分割協議は相続人全員で行う必要がある、ということは、逆に言えば、知的障害のある相続人の方を除いて行った遺産分割協議は無効である、ということになります。重度の知的障害により、正しい判断能力(意思能力)が欠如している方が相続人に含まれる場合にも、その方を含めた遺産分割協議を行う必要があります。
しかし、実際には、重度の知的障害のある方には、遺産の分け方を決めるというような高度な法律行為は不可能ですから、その方の代理人となる成年後見人を付けた上で遺産分割協議を行うのが、相続人の中に知的障害の方がいる場合の原則になります。
例外として、
- 例外1 知的障害が軽度であり、正しい判断能力(意思能力)が失われていない場合
- 例外2 不動産を法定相続分通りに共有する形で相続する場合
- 例外3 亡くなった方に遺言書があり、遺言執行者が指定してある場合
には、相続人の中に知的障害の方がいる場合でも成年後見人を付けずに、相続手続きを行うことができます。
例外1 相続人の知的障害の程度が軽度である場合
知的障害の程度が軽度であり、遺産分割協議を行うのに十分な判断能力をお持ちの方であれば、問題なく遺産分割協議ができるケースがあります。
ただし、後日、協議の結果に不満をもった他の相続人が「知的障害の相続人が参加していたので、あの協議は無効だ」などと主張する可能性があります。
そのようなトラブルを防ぐためには、協議の事前に医師の診断を受け、「正しい判断能力(意思能力)がある」旨の診断書を書いてもらうとよいでしょう。
例外2 法定相続分で相続手続きを行う場合
法定相続分とは、法定相続人が法定相続分の割合で相続する方法です。
たとえば、被相続人に配偶者と子が二人がいる場合、妻と子2人が法定相続人となり、配偶者2分の1、子2人は各4分の1が法定相続分となります。
不動産については、法定相続人が法定相続分で共有する形であれば、相続人のうち1人だけからの単独申請で、名義変更(相続登記)の手続きができます。つまり、知的障害のある相続人を含めずに手続きが可能です(ただし、その不動産を売却するには、共有者全員の合意が必要なため、知的障害のある方に成年後見人をつけない限り、不動産の売却はできません)。
一方、金融機関の預貯金口座の解約・払戻しの手続きに関しては、法定相続分で分ける場合であっても、遺産分割協議書の提出が必要なので、成年後見人の選任が必要になります。
(遺産分割協議が終了するまで、預貯金口座が「凍結」され、自由に引き出しができなくなったままになっってしまいます)
例外3 遺言書で遺言執行者を指定している場合
相続人になる方の中に、知的障害のある方がいる場合には、生前に遺言書を作成しておき、その中で遺言執行者を指定しておけば、知的障害のある方を除いて相続手続きを行うことができます。
具体的には、不動産の名義変更(相続登記)や、金融機関の預貯金口座の解約・払戻しの手続きの際に、遺言書を提出することで、遺言書に記載されている通りの遺産の分け方ができるので、知的障害のある相続人の方が関与してなくても、遺言執行者だけで相続手続きを完了できるのです。
以下で述べるように、成年後見人(とくに法定後見人)を付けると、ご家族に非常に大きいデメリットがあります。
そのため、ご遺族の方の負担を減らし、相続手続きをスムーズに進めるためには、生前の遺言の作成を強くおすすめします。。遺言作成についてはこちら
知的障害のある相続人の代理人となる成年後見人とは?
上記の例外1~3のケースを除いては、原則として、知的障害のある相続人の代わりに遺産分割協議を行う者として、成年後見制度による成年後見人を付ける必要があります。
成年後見制度とは、認知症・知的障害・精神障害などで判断能力が不十分になった人を保護するために、後見人という援助者を付けることにより、財産管理や身上監護(必要な医療や介護などを確保すること)を支援する制度です。
成年後見制度には、法定後見と任意後見の2種類がありますが、知的障害のある方の場合、すでに判断能力が失われているケースがほとんどであるため、任意後見は使えず、法定後見を利用することになります。
法定後見は、知的障害のある方を保護するために、ご家族等の利害関係者からの申立てにより、家庭裁判所が後見人(または、障害の程度に応じて、保佐人、補助人)を選任する方法です。
法定後見の場合、知的障害のある方の兄弟姉妹や甥姪などの親族を後見人の候補者として推薦することができますが、あくまでも決めるのは家庭裁判所に委ねられているため、弁護士・司法書士などの専門職が後見人に選任されることも少なくありません。
後見人はいったん就任すると、以後、その方が亡くなるまで、本人の財産管理や身上監護を取り仕切ることになります(たとえば、相続手続きが終わったからといって、後見人に退任してもらうことはできません)。
とくに、専門職の後見人の場合は、業務として後見人を務めるので、高額な報酬も支払わなければなりません(報酬は、ご本人の財産額などによって異なり、家庭裁判所が決定します)
法定後見は、このようにご本人・ご家族にとってデメリットが多く、報酬も多額となるので、悪評高い制度です。
兄弟姉妹が後見人の場合、特別代理人の選任が必要
知的障害のある方の後見人として、その方の兄弟姉妹が就任している場合には、さらに特別代理人の選任が必要です。
たとえば、父が死亡し、相続人が、配偶者(母)、長男、長女の3名で、長女の方に知的障害があり、その後見人として長男が就任しているケースなどです。
この場合、長男は、父の相続人である地位と、長女の後見人である地位の、2つの地位があり、それぞれの利益が対立してしまいます(このようなケースを「利益相反」(りえきそうはん)と言います)。
そこで、この場合、後見人である長男の代わりに、長女の利益を代理する者として、特別代理人(家庭裁判所が選ぶ弁護士や司法書士)を家庭裁判所に選任してもらう必要があります。
つまり、このケースでは、配偶者(母)、長男、特別代理人の3名により遺産分割協議を行う必要があります。
遺産分割協議をあえて延期(放置)するという方法もあります。
遺産の分け方を話し合いで決める遺産分割協議には、法律で決められた期限はありません。
(※法改正により、相続登記(不動産の名義変更)は、2024年4月から3年以内に行うことが義務化となります)
知的障害のある相続人の方が、危篤状態であるなどの場合、その方が死亡するまで、遺産分割協議をあえて延期しておくことにより、その方を除いて相続手続きを行うことができます。
ただし、遺産分割協議をしない間に、知的障害のある相続人の方も死亡すると、相続財産に対して相続分を持つ利害関係者が増える可能性があり、状況がより複雑になることも考えられます。
知的障害の相続人の方がいる場合に、遺産分割協議をあえて延期する場合には、慎重に判断するようにください。
まとめ 知的障害のある相続人のいる場合は遺言書による遺言執行者の指定が不可欠
遺言書によってすべての遺産の分け方を指定しておけば、遺産分割協議の必要がありません。
また、遺言書で遺言執行者を指定しておけば、知的障害のある相続人がいたとしても、その方が関与せずとも、円満に相続手続きを進めることができます。
知的障害のある方が推定相続人(あなたの相続人になる人)の中にいる場合は、生前に遺言書を作成しておくことを強くおすすめします。