高齢社会となり、認知症を発症する方が急増しています。
最新の統計によれば、65才以上の7人に1人、85才以上の2人に1人が認知症と診断されています。
(女性の方がやや多い傾向です)
認知症患者の急増にともない、法定相続人の中に認知症を発症している方がいるケースも増えています。
遺産の分け方を話し合いで決める遺産分割協議は法定相続人全員で行う必要があります。
法定相続人の中に認知症の方がいる場合でも、それは同じです。
では、法定相続人の中に認知症の方がいる場合、どのように相続手続きを進めればよいのでしょうか。
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原則=認知症の法定相続人を含めた遺産分割協議が必要です
遺産分割協議は法定相続人全員で行う必要がある、ということは、逆に言えば、認知症の法定相続人の方を除いて行った遺産分割協議は無効である、ということになります。重度の認知症のように、正しい判断能力(意思能力)が欠如している方が法定相続人に含まれる場合にも、その方を含めた遺産分割協議を行う必要があります。
しかし、実際には、重度の認知症の方には、遺産の分け方を決めるというような高度な法律行為は不可能ですから、その方の代理人となる成年後見人を付けた上で遺産分割協議を行うのが、法定相続人の中に認知症の方がいる場合の原則になります。
例外として、
- 例外1 認知症が軽度であり、正しい判断能力(意思能力)が失われていない場合
- 例外2 不動産を法定相続分通りに共有する形で相続する場合
- 例外3 亡くなった方に遺言書があり、遺産分割協議をしなくても相続手続きができる場合
には、法定相続人の中に認知症の方がいる場合でも成年後見人を付けずに、相続手続きを行うことができます。
例外1 法定相続人が軽度の認知症の場合
認知症が軽度であれば、問題なく遺産分割協議ができるケースもあります。
ただし、後日、協議の結果に不満をもった他の法定相続人が「認知症の法定相続人が参加していたので、あの協議は無効だ」などと主張する可能性があります。
そのようなトラブルを防ぐためには、協議の事前に医師の診断を受け、「正しい判断能力(意思能力)がある」旨の診断書を書いてもらうとよいでしょう。
例外2 法定相続分で相続手続きを行う場合
法定相続分とは、法定相続人が法定相続分の割合で相続する方法です。
たとえば、被相続人に配偶者と子が二人がいる場合、妻と子2人が法定相続人となり、配偶者2分の1、子2人は各4分の1が法定相続分となります。
不動産については、法定相続人が法定相続分で共有する形であれば、法定相続人のうち1人だけからの単独申請で、名義変更(相続登記)の手続きができます。つまり、認知症の法定相続人を含めずに手続きが可能です(ただし、その不動産を売却するには、共有者全員の合意が必要なため、認知症の方に成年後見人をつけない限り、不動産の売却はできません)。
一方、金融機関の預貯金口座の解約・払戻しの手続きに関しては、法定相続分で分ける場合であっても、遺産分割協議書の提出が必要なので、成年後見人の選任が必要になります。
(遺産分割協議が終了するまで、預貯金口座が「凍結」され、自由に引き出しができなくなったままになっってしまいます)
例外3 遺言書がある場合
法定相続人になる方の中に、認知症で正しい判断能力(意思能力)が失われている方がいることがあらかじめわかっている場合には、生前に遺言書を作成しておけば、その方を除いて相続手続きを行うことができます。
具体的には、不動産の名義変更(相続登記)や、金融機関の預貯金口座の解約・払戻しの手続きの際に、遺言書を提出することで、遺言書に記載されている通りの遺産の分け方ができるので、認知症の法定相続人の方が関与してなくても、相続手続きを完了できるのです。
以下で述べるように、成年後見人(とくに法定後見人)を付けると、ご家族に非常に大きいデメリットがあります。
そのため、ご遺族の方の負担を減らし、相続手続きをスムーズに進めるためには、生前の遺言の作成を強くおすすめします。遺言作成についてはこちら
認知症の法定相続人の代理人となる成年後見人とは?
上記の例外1~3のケースを除いては、原則として、認知症の法定相続人の代わりに遺産分割協議を行う者として、成年後見制度による成年後見人を付ける必要があります。
成年後見制度とは、認知症・知的障害・精神障害などで判断能力が不十分になった人を保護するために、後見人という援助者を付けることにより、財産管理や身上監護(必要な医療や介護などを確保すること)を支援する制度です。
成年後見制度には、法定後見と任意後見の2種類があります。
法定後見は、認知症等を発症してしまった「後」に、家庭裁判所が後見人を選任する方法です。
法定後見の場合、多くのケースで弁護士・司法書士などの専門職が後見人に選任され、以後、その方が亡くなるまで、財産管理や身上監護は、赤の他人である専門職の後見人が取り仕切ることになります。
専門職の後見人は、業務として後見人を務めるので、報酬も支払わなければなりません(法定後見は、このようにご本人・ご家族にとってデメリットが多く、報酬も多額となるので、悪評高い制度です)。
一方、任意後見は、ご本人が将来認知症になった場合に備えて、「事前」に後見人になってもらう人を自分で選んで契約しておく方法です。
自分が信頼できる子や配偶者、甥姪などの親族を後見人にすることができ、親族であるため報酬も少なく設定できるので、上記で述べた法定後見のデメリットを避けるためには、判断能力がはっきりしているうちに、契約(任意後見契約、といいます。詳しくはこちら)しておくことが望ましいです。
遺産分割協議をあえて延期(放置)するという方法もあります。
遺産の分け方を話し合いで決める遺産分割協議には、法律で決められた期限はありません。
(※法改正により、相続登記(不動産の名義変更)は、2024年4月から3年以内に行うことが義務化となります)
認知症の法定相続人の方が、危篤状態であるなどの場合、その方が死亡するまで、遺産分割協議をあえて延期しておくことにより、その方を除いて相続手続きを行うことができます。
ただし、遺産分割協議をしない間に、認知症の法定相続人の方も死亡すると、相続財産に対して相続分を持つ利害関係者が増えることになり、さらに手続きがより複雑化する可能性もあります。
認知症の法定相続人の方がいる場合に、遺産分割協議をあえて延期する場合には、慎重に判断するようにください。
まとめ 認知症の法定相続人に備えるには、遺言と任意後見契約
遺言書があれば認知症の法定相続人を除いて相続手続きができる
遺言書によってすべての遺産の分け方を指定しておけば、遺産分割協議の必要がありません。
認知症の法定相続人がいたとしても、その方が関与しなくても、円満に相続手続きを進めることができます。
すでに認知症になっている推定相続人(あなたの相続人になる人)がいる場合はもちろんのこと、ある程度高齢の方が推定相続人(今後その方が認知症を発症する可能性があります)である場合には、生前に遺言書を作成しておくことをおすすめします。
任意後見契約でご自身とご家族を守りましょう
認知症になってしまった「後」では、法定後見しか選択肢がありません。法定後見には上記で述べたようなデメリットがあり、ご本人はもちろんの方、ご家族にも大きな負担になります。
また、今後、ご自身が法定相続人になる可能性がある場合(ご両親、配偶者が存命、または、兄弟姉妹の法定相続人になる可能性がある場合など)、もし認知症になってしまったら、ご自身が「認知症の法定相続人」になり、ご家族に負担をかけてしまうことになります。
ご自身の財産管理や身上監護(必要な医療や介護などを確保すること)のためにも、ご家族の負担を減らすためにも、認知症になる「前」に、後見人をあらかじめ自分で選べる任意後見契約を作成しておくことをおすすめします。